• 竹槍

そうだ、投資しよう。

最終更新: 5月7日

という考えは20代前半の頃から持っていたのだが、

如何せん無産階級ゆえ種銭が全くなく、二の足を踏んでいたのだった。


そして無産階級らしく汗水たらして働いた。


「汗水たらして働く」ことを変に批判する向きが強いように感じることがあるが

結局すべての基礎はそこだと思うんよな。

人のカネ転がして儲けたところで家や食い物や乗り物が湧いて出るわけではないもの。

頭と体を動かしてそれらを生産してる人がいるから我々はそれにありつけるのだもの。


最近、職業と社会的便益についての和訳された論文を読んだ。

「ある職業がいくらの社会的便益を産出しているか」

これを計算する方法については

計算者の主観を取り去る方法がまだ考案されておらず

多分に著者の主観が混じる結論になってしまうという欠点があり、

お堅い分野では箸にも棒にもかからない研究なんだそうな。

まあ[竹槍]もぶっちゃけその通りだと思う。

ただ学際的なレベルで通用するほどの正確性・再現性を求めることはできなくとも

著者の主観が大衆の主観とそうも大きくずれていることはおそらくないだろう、

 (だって人間みなメシは食べるし服は着るしたまには病院にもかかるし、

 そのなんやかんやを入手するルートや値段だって

 同じ国に住んでれば大体みんな似通っているはずだから、

 そこに住んで醸成される経済的な価値観も大体は似ているはず)

という予想のもとに読めば、

一般人にとっては示唆のある内容だと言って良いのではないか。

それによると、金融関連職が給与を得るたびに

社会的便益は増すどころか、破壊されているのだそうな。

士業と並んで、社会的便益を破壊する職業のワースト2なのだそうな。


この論文面白かったのでソースをメモればよかったなと

今になって後悔しても遅いんだよなあ。


士業や金融業は社会的便益ベースで考えると

やってることのわりに給料もらいすぎですよ、ってことになるわけだが

 (で、これがもし給与を差し引いてもまだ社会的便益がマイナスなのだとしたら

 その職業は社会的には害しかない、無いほうが良いってことになってしまうので

 その辺もこの論文には突っ込みどころがあるわけだが)

所得あたりの社会的便益が大きい職業でもトップのほうに入る

研究者や看護師、清掃業者なんかは

給与が低いからその割に便益が大きく出ていることもあるので、

便益から考えるともう少し貰ってもいいですよ、ということになる。

(アメリカの論文だから、日本の職業と給与の感覚とは少し違うところもある)

日本だったら研究者(講師や助手)と清掃業者のほかに、

物流・インフラ関連もここに入ってきそうだな。

そして[竹槍]も属している「エンジニア」のグループは、

生み出す社会的便益も大きいが、所得も高い

所得と便益が釣り合っている数少ない職種の一つなのだそうだ。

エンジニアといってもピンキリだろうが

論文中では電気や配管の技師を想定しているようだったので、

ITよりはハード寄りのエンジニアだろうな。

こう出ると[竹槍]の職業選択は間違っていなかった、

就職の段で超理転した甲斐があったと少し誇らしい気分になる。


だいぶ脱線したが、結局

人のカネを転がして儲けるのは不健全だ、汗水たらして働くことは尊い、と

経済学に明るくもない小市民が直感的に感じていることだって

あながち外れてはいませんよ、ということだ。


だから投資だけして働かずして儲けたいという思想でこそないものの、

折角稼いだカネを貯金ばかりして

流動性を殺してしまうのではあまりにも芸がない。

今のペースで稼ぎ続けると、40歳になった頃には資産が…おいくらまんえん?

と考えると、資産の形を現金一辺倒にするのはいささか恐ろしくもある。

まとまった資産があるなら色々な形で持っていなければ。

資産防衛の必要が生まれてくるであろう10年後を見据えて

体系的な勉強を始めようと思った次第。


して、そのノートをここに書こうか?

いつもみたいにひっそりと紙に手書きしようか?

というのを少し迷った。


というのも、これまで培ってきた仕事がらみの技術や資格取得のための知識を

すべて紙に手書きで残してきたのだが、


もしネットで誰かと共有できる形ではじめからこれを残していたなら?


と考えると、[竹槍]が昔ながらの方法で紙に書いてきた内容というのは

現場で体験しない限りわからないような

ネットにも本にもなかなか載っていないことの山であるので、

未だ体系化されていない知識を体系化に近づけることができる点でも

価値が大きかったのに、惜しいことをしたと後悔しているのだ。


ただ、紙媒体ってやっぱ安心できるんよな。

ただ手を動かして書くから覚える助けになるというだけでなく

いつ消えるか、消されるかもわからないサーバー上のデータと比べて

紙は自分で捨てたり焼却でもしない限りあり続けるし、

そのある場所だって、ネット上のサーバーみたいに実感のない場所ではなく

自分の手元なんよ。


それにパソコンと違って紙のノートは気軽に取り出せて自由に書ける。

タブレットや手書きメモ帳系のアプリだって、

まだまだ紙の自由度には全然追いついてない。

ネット情報や自身の体験や伝聞や本の情報がない交ぜに、

つまりソースの物理的な位置や形がない交ぜになっている状態から

それらを統合するには紙のノートは適したメディアだと言えるんよ。


だからまあMY技術書が紙媒体になってしまったのは

必然性もあるのだが、

対して投資の勉強はどうかというと、

ぶっちゃけこれまで培ってきた工学的知識のソースや量に比べると

ソースはネット上の情報だけで事足りそうだし、

量も多いっちゃ多いけどそこまでじゃない気がしてるんだよな。


つまり、ノートを取るときには必ずパソコンを開いている。


という結論になったので、こちらにノートを書き綴ることにした。


7回の閲覧